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2019-01-23

シリーズ この方はこんな人⑱持統天皇

こちらは日本史大スキ女のわたしが、日本史上有名で気になる女性たちを
一人でも多くの人に知ってほしいと願い、もうけたコーナーです。
インタビュー形式で展開していますので、興味がありましたらご一読くだ
されば嬉しいです。お次は、この方の紹介です。

~『春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山』 百人一首でなじみの深い 高い実行力を持つ女性天皇~

【プロフィール】
645~703年
天智天皇の娘にて天武天皇の妻、日本の第41代天皇。13歳の時叔父に嫁し草
壁皇子を生む。壬申の乱後、皇后に立てられ共同統治者として活躍。夫亡き後、
息子も病没し自らが天皇となり夫の政策を忠実に引き継いだ。孫の軽皇子に譲位
すると同時に自身も初の太上天皇となり、政治を支えた。実際に治世を遂行した
女帝として君臨した。亡くなった後は天皇初の火葬とされる。

【インタビュー】
Rico  久々の緊張感!コホン、え~、お父様は天智天皇、パートナーは天武天皇、
そしてご自身も41代天皇でいらっしゃった持統天皇様です。

持統  紹介してもらって早々だけど自己紹介させてもらってもよくって。

Rico  どうぞどうぞ。何なりと。

持統  私の夫は父の弟、つまりおじさんにあたるの。天皇家の血筋を汚さないため
に親族の結婚は当たり前だったわ。兄弟間のつながりを強くするために、父の弟であ
る大海人様(天武天皇)には私以外の父の娘たちが何人も嫁いだのよ。
私も実姉とセットでお嫁に行ったわ。私たち姉妹はタイプが全然違ったけれどもね。

Rico  飛鳥時代の頃ですね~。お父様は「大化の改新」を実行されたスーパーヒーロ
ーです。現代でも有名な方ですね。

持統  父も夫もそれぞれすばらしいビジョンをお持ちだったし、己の信念のままに
国造りを遂行されたわ。

Rico  そのような人たちをご覧になりながら生活するなんて夢のようですね~。
自分が成長できるような気がします。

持統  自分の意見を通すために、どのような根回しをしていくか、そのために持
てるカードをどのように使うのかを組み立てながら国家や国民のために行うのが政
治であるならば、お二人から随分学習させてもらったわ。時には情も捨てなくては
いけないし、自分を戒めていかなくてはいけないし。父も夫もわかりやすいのよ。
お互いに負けたくなかったみたいだし、意識もしていたし。おそらく心は通じ合っ
ていたのだと思うわ。

Rico  はぁ~、その御姿を身近で冷静にご覧になってらっしゃったんですね~。

持統  誰もがその立場になれるわけではないのよ。国造りに関わるチャンスがあ
る恵まれた環境にせっかく生まれたのだから、いつか関われる人間でありたかった
のは事実ね。でもね~、このような考えをする姉妹が周りに1人もいなかったのが
ビックリよ。実際に天皇になられたおばあ様や叔母様も男たちの言いなりだったか
ら歯がゆかったわ。

Rico  持統様が男前なんですよ。だからこそ、天武様との共同統治を実施され二人
三脚で中央集権国家の建設をすすめてこられたんですから。

持統  これで息子の草壁皇子さえ強くたくましく生きててくれさえすれば申し分
なかったのだけど。大海人様と姉の間に生まれた息子は、人望もあり父親そっくり
だったから天皇にふさわしい、と散々周囲から言われたのよ。いやぁねぇ~。

Rico  天武様がお亡くなりになり、周りのそそのかしもあって、その息子が謀反を
起こして自分が天皇になろうとしたんですよね。

持統  世間では私が我が子可愛さに、甥・大津皇子を処刑させたと言われてるみた
いだけどバカバカしい。情に流されて政治を行えば必ずほころびが出てくるものよ。
彼を許しておくと、数年後にまた持ち上げる人間が出てきて同じことを行い国が乱れ
ると予想できたから処刑にしたのよ。
父や夫の時代は、まだまだ国造りの基盤が出来ていなかったから頭が切れて行動力の
ある人間がトップに立つべきだけど、世の中が落ち着いてきたら優しくて包容力のあ
る私の息子のような人間がトップに立ったほうがおさまる、と思ったから。

Rico  まさに、息子の草壁皇子様がふさわしいということですね。そこまでお考え
での決断でしたら、家臣も国民も処刑に関して文句や批判はなかったのでは。

持統  ところが息子が精神的に立ち直れなくなって、皇太子の身分のまま亡くなっ
てしまったの。次の天皇候補の天武様の息子たちはた~くさんいたのよ。だけど、夫
のやり残したことを受け継ぐのは妻である私しかいないでしょ、ということで即位し
て天皇になったのよ。もちろん、私の次の天皇には草壁の息子、つまり私の孫を、と
いう願いもあったけど。

Rico  持統様に比べたら、どの皇子も小粒だったんだろうな~、って想像できま
すよ。あっ、そうだ!即位されてから才能ある若者たちをお取立てになりましたよ
ね。

持統  身分なんて関係ないのよ。良い国にするためには、才能あふれる人材こそ
必要なのだから。活用しないなど国家の損失。高市皇子、藤原不比等、柿本人麻呂
などは才能ある人たちだったからどんどん起用したわよ。孫の後押しもしてくれた
のよ。

Rico  ようやくお孫さんが皇太子となられて、ホッとされたでしょう。それまでに
藤原京遷都や律令の制定など数々の偉業を成し遂げられてきましたから。『古事記』
と『日本書紀』の編纂も取り掛かられたんでしょう。わたし『古事記』好きですよ。

持統  そうね~、結局父の代から夫、そして私の代と三代かけて土台が出来上が
ってきたのかしら。我が国の歴史書を編纂しようと思ったのは、お隣の国である唐
にバカにされないようにしたかったからよ。

Rico  今の中国ですね。昔から大国で日本をバカにしていたんでしたよね。

持統  唐の文化は素晴らしかったけど、それをアレンジしてもっと良い品に作り
替える我が国の勤勉さこそが誇るべきもの。ねっ、いつまでも卑弥呼の時代の『魏
志倭人伝』に書かれているような国ではない、ということをきちんと唐に伝えない
と、いつ攻め込んでくるかわからないでしょう。『古事記』『日本書紀』は、我が国
の成り立ちと歴史を知らしめるための重要な外交アイテムよ。

Rico  やることの一つ一つにきちんと意味があるんですね。私たち凡人って、「政
府が勝手に決めた、国民の意見を無視してる」な~んて、好き勝手言ってましたが
すみません、ですよね。

持統  あら、国民が何も不安を抱かず文句を言える世の中こそ、恵まれた国家の
あり方よ。私はね、10代の時に父の片腕である中臣鎌足から「政治家としての器
がずば抜けた方です」と言われちゃったの。
言葉って不思議ね。そう言われると政治のあり方や他人の言動を意識するようになっ
たし、唐という国にも注目するようになったのよ。

Rico  若い頃から意識したら生き方や考え方も変わりますよね。
いやぁ~ほんとにありがとうございました!今回はまともなインタビューでした。

 

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